マシン輸入における橋田壽賀子問題


トレーニングマシンの輸入をめぐるトラブルがようやく決着した。

昨年末、国内市場にないマシンを大手ECサイト経由で中国の工場から直接買い付けたところ、日本に届いたところで通関書類に不正が見つかった。

不正によって売り手側は3万円ばかりの利益を手にし、ペナルティは私が被ることになる。

書類の再発行を要求したが売り手側は非を認めず、やがて一方的に対話を拒否した。

そこでECサイトに紛争仲裁の申し立てを行ったのだが、そこからの3ヶ月が長かった。

ECサイトが示す紛争解決案は商品代金の全額返金であったが、売り手側はそれを拒否したまま一向に事態が動かないのである。

その間マシンは海運業者の倉庫に留め置かれ、1日ごとに保管料が加算されていく。

しびれを切らして不正の尻拭い費用や倉庫保管料などの追加費用を負担のうえマシンを引き取ろうとしたら、売り手側の妨害にあってそれもできない。

私の焦りを知っての嫌がらせだろう。

ECサイトの紛争仲介は機能せず、支払った30万円は宙に浮き、マシンも手に入らない。

深夜、どうしたものかと改めてECサイトの紛争仲裁ページを隅々まで読んでみた。

すると、紛争解決の決定権者に直接声が届く窓口があるではないか。

それまで私が使っていたのは一般向けの窓口で、受付から決定権者に取り次がれるまで数日を要する上に、主張の内容さえ誤って伝えられていた。

それに対して売り手側は、はじめから正しい窓口を知っており、そこから彼らの主張を送り続けていたのだ。

私はゲームのルールが分からないままゲームに参加していたわけだ。

ともあれ、ルールが分かれば後は簡単な話だ。

証拠書類を添付のうえ、なぜ私が紛争仲裁を申し立てたかを述べたところ、ものの1週間で決着がつき、代金は帰ってきた。

さて、ここまでを振り返って思い出すのは橋田壽賀子である。

彼女の描くソープ・オペラの登場人物たちは、日常の下らない問題をめぐって出口のない会話をグズグズと飽きもせずに続ける。

そこには人間の相互理解の不可能性と理知主義の限界が示されるが、橋田壽賀子は、それでもなおグズグズと会話を続けさせる。

なぜなら彼女には、人間は会話ごときでは決して分かり会えないからこそ会話をしなければならない、という信念が在ったからである。

事実、私たちの会話の大部分は無意味な鳴き声(空談)にすぎないが、それがなければ人間の繋がりなど容易に失われる。

今回の取引も、売り手側が会話を断たなければ、つまり私を人間として見ていたら、どこかで折り合いをつけて成立しえていたはずだった。

勝ち負けでいえば私は負けなかったが、何とも嫌な後味を残す一件となった。