ヨンデー文庫
ヨンデー文庫に「センチメンタルな旅・冬の旅(荒木経惟/新潮社)」が加わった。
絶版になったとばかり思っていたので本当に嬉しい。
ショーペンハウエルの言葉を借りるなら、生の価値は人生から仕事や家事、消費的趣味などの一切を差し引いたときに残る精神的所産によって定まるが、はたして、その精神的所産を形象化するものの一つが芸術である。
「センチメンタルな旅・冬の旅」は、荒木経惟が妻・陽子との新婚旅行から、病で喪うまでを収めたフォト・ドキュメンタリーである。
頁を開くなり、見るものの視覚と感情の一切は荒木に拉し去られ、無表情な傍観者でいる自由が奪われる。
死の床にある妻を見舞うため冬の東京を歩き、妻のいない家で猫に語りかける写真家に憑依されたとき、運命とか、生の救済とか、愛の死とか、答えの出ない問いに為す術なく圧し潰されるが、答えが出ないゆえに人間は芸術という精神的所産を創造しえたのである。