ジムができるまで③

亡父の生まれ育った津軽半島の寒村の高台より十三湖と岩木山をのぞむ。

コロナ禍は、人心に3つの変化をもたらすと考えている。

ひとつめ。
人と会うことのコストが高くなる。
直接付き合う人と、オンラインで付き合う人とを区別するようになる。

ふたつめ。
潔癖家が増える。
健康志向と清潔志向が強まる。それは仕事選びから趣味選びまで全てに影響するだろう。

みっつめ。
自分と向き合う時間が増える。
仕事やレジャーにかける時間が減り、相対的に増えた自分の時間をどう使うのかを考える人が増える。

この結果何が起こるだろう?
一つ一つの行動に「意味」を自問する人が増えていくだろうと見る。
この人に使う時間に意味はあるのか。
飲み会で過ごす2時間に価値はあるか。

こうした自問は、死が自分にとって無縁な出来事ではないという気付きから起こる。

これから長く続くであろうコロナ禍によって、喪失の傷手を免れる人は一人としていまい。
苦しみもだえて一人で死ぬかもしれない。
親しい人を失うかもしれない。
経済的逼迫から、大切にしていた物を手放す事になるかもしれない。

こんな恐怖の重みに耐えられる人など、ほとんど居まい。
だからみな、それまで通りの日常でやり過ごそうとする。

旅行でもして気分転換してみようか?
飲み会で楽しもうか?

なんとか不安に気付かないふりをして毎日を過ごしたい。
そんな私達の傍らでは、病と死とが大きな口を開けてこちらをじっと見ている…!

けれども、中には恐怖のはるか上空にはしごをかけて、慎重かつ果敢に生を渡ろうとする人も少なくはないはずだ。
一歩一歩用心深く。恐怖を制御しながら、滑り落ちないように。

このジムは、そういう勇敢な少数者にとって有益な場でありたい。
そう考えている。